最近の肺癌の話題
分子標的治療薬
はじめに
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肺癌は組織学的に腺癌、扁平上皮癌、大細胞癌、小細胞癌に分類されますが、最近の傾向として、扁平上皮癌が減少し、腺癌が増えてきています。扁平上皮癌や小細胞癌は喫煙と関係のある癌として知られていますが、腺癌は非喫煙者、女性に多く発生すると言われています。近年、この腺癌の遺伝子を調べることによって、これまでの抗がん剤よりも格段に良く効く分子標的治療薬が使える癌が存在することがわかってきました。
1)分子標的治療薬の種類
- EGFRチロシンキナーゼ阻害剤:(薬品名)イレッサ、タルセバ、ジオトリフ
- 腺癌細胞の表面にはEGFRと呼ばれるたんぱく質が存在しています。このEGFR遺伝子の一部に変異が起こるとEGFRのスイッチが常にON状態になり、癌細胞が増殖するのに必要な信号を細胞内に伝え続けます。EGFRチロシンキナーゼ阻害剤はこの部位を阻害して癌細胞が増殖することを抑えて、小さくすると考えられています。
- ALK阻害剤:(薬品名)ザーコリ
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ALK遺伝子はもともと細胞の増殖に関与する遺伝子で、ALK遺伝子と他の遺伝子が融合してできた異常な遺伝子をALK融合遺伝子と呼びます。ALK融合遺伝子は癌細胞が増殖するのに必要な信号を細胞内に伝え続けますが、一部の肺癌でALK融合遺伝子を持つことが明らかになりました。ALK阻害剤はALK融合遺伝子に結合することによってがん細胞の増殖を抑える薬です。
2)遺伝子検査
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腺癌細胞の遺伝子を調べることによってEGFRチロシンキナーゼ阻害剤やALK阻害剤の効果のある人とない人を見分けることができます。具体的には気管支鏡検査や手術を行い、癌細胞を採取して遺伝子を調べます。結果は1〜2週間で判明し、EGFRチロシンキナーゼ阻害剤が使用できる人は腺癌の50〜60%、ALK阻害剤が使用できる人は5%と言われています。
3)効果
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EGFRチロシンキナーゼ阻害剤は投与した人の70%-80%に、ALK阻害剤は60%に効果があることがわかっています。これまでの抗がん剤の効果が30%くらいでしたので、これら分子標的治療薬の効果がいかに優れているかがわかります。
4)効かなくなったら
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分子標的治療薬は他の抗がん剤と同様、癌の縮小効果を示しても、多くの場合いずれ効かなくなります。EGFRチロシンキナーゼ阻害剤の効果持続期間は約1年、ALK阻害剤の効果持続期間は8ヶ月です。その後は従来の抗がん剤を使用しますが、治療を始めてからの平均生存期間は2年を超えるようになりました。これまでの抗がん剤だけだと平均生存期間は1年でしたので、分子標的治療薬の出現により1年の生存期間延長を得ることができるようになりました。
5)今後の展望
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肺癌の治療に関する臨床試験の結果が毎年世界の学会で報告されています。主な学会はJSMO(日本臨床腫瘍学会)、ASCO(米国臨床腫瘍学会)、ESMO(欧州臨床腫瘍学会)です。この3学会の報告を組み入れた治療が毎年行われ、年々肺癌の内科的治療は成績を伸ばしています。
6)大切なこと
- これら分子標的治療薬と抗がん剤は使い方によって癌の成長を抑える期間が変わってきます。副作用の抑え方もポイントです。新薬の効果を最大限活用するためには、専門医の診察を受けることが重要です。呼吸器科の専門医には感染症、アレルギー、気管支鏡検査の専門医もありますが、肺癌治療の専門医を受診してください。当院には日本臨床腫瘍学会の専門医で、肺癌の抗がん剤治療を専門に行う呼吸器内科医がいます。これまでに数多くの肺癌患者様に対して先に述べた分子標的治療薬や化学療法を放射線治療と組み合わせて行っています。
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呼吸器グループ グループ長 内科部長(呼吸器) 木曽原朗副グループ長 呼吸器外科部長 田川公平H260826